こうじゃない

回想映画日記

ボールが飛んできた

 陽が落ちてぼんやりと外が暗くなってきた。色温度が低い。陽が落ちる直前は1日で一番暖かい光が溢れていて、土手に群生してるイネ科の植物も、夕日をバックにゆらゆらとリラックスして、踊っているみたいなのに、陽が落ちると、黒くなった川の水が、ザーザーと落ちていくように流れて、岩に当たって泡で濁っていくし、イネ科の植物も、急に土臭い植物になって寒さを助長するようなサーサーという音を出してくる。
 急に外が真っ青になる。ベランダ越しに見える歩道のコンクリートがとても冷たそうでとても堅そう。外の足跡が部屋の中に響いて伝わって、コンクリートの硬さが伝播していく。

 まじでありきたりな文章だな。読みたいことを書けばいいっていう本があって、それに倣って書いていこうと思ったけれど、知らないうちに全く読みたくない文章書いていた。陽が落ちた後の青い空間は好きだけど、みんな好きだろうし、特に書くようなことでもないね。窓を全開にして、夜の街と自分の部屋が混ざって、まるで自分が外にいるかのような感覚になるの好き。なんか怖くてドキドキする。

 もう暗くなってるのに目の前の公園に小学校中学年くらいの男の子がいて、リフティングしてる。ゆっくりリズムを刻むボールの音とか、乾燥した硬い土の地面が靴で削れる音が聞こえる。あ、落とした。ボールが跳ねて転がって、軽く走った男の子が追いついて、右足の裏でボールを止めて、引きつけて爪先でクイっと持ち上げて、またリズム良く交互にボールを蹴ってる。短パンtシャツで寒くないんだろうか。どんな靴でやってるんだろう。体に対してボールが大きく見える。定番のサッカーボールの模様の白い部分が、暗いグランドで、残像の放物線を描いて跳ねてる。あ、落ちそう、不安定。
 少し遠くに跳ねたボールを足を伸ばして無理に蹴ったせいで、思いっきりぶっ飛んだボールが、アパートの網戸に当たって、うちのベランダに落ちた。へたくそ。ゆっくり転がってたボールが汚れた洗濯機の当たって止まった。ベランダの柵越しにこっちを見てる男の子、ちょっと止まった後、うちのアパートをキョロキョロ見渡して、その場でふらふら足踏みして、焦っている様子。
 よく見たらサッカーのレプリカTシャツだった。背番号10番。小学生にしては凛々しい眉毛で、はっきりとした顔立ちに見える。光が少ないから、顔の影が濃くなってそう見えているだけかもしれないけど。白い運動靴はいい感じに汚れていて、小学生の靴なんて大体汚れていると思うけど、ピカピカ靴至上主義に意を唱えている私にはとても好印象だった。公園のベランダへ歩いていって、ボールネットを持ってアパートの近くまで戻ってきた。
 取らないで知らないふりした。部屋のあかりはつけてなかったし多分中の様子は見えないから、気付いてないってことにした。
 少年は公園の端まできて、アパートの辺りをうろうろしてる。可哀想に、焦って、情けない顔。さすがに泣いたりはしないか。取りにいこうか迷っているのだろうか。アパートの二階の角部屋のインターフォンを押して、用件を伝え、ベランダに落ちているボールを取ってもらおうとするだろうか。少年と目があってるような気がしても、声をかけてきたり、手を振ったりもしてこないから、やはり外から中の様子は見えていないのだろう。
 立派な少年だ。自分が人の家にボールを当ててしまったら、すぐさま逃げていると思う。責任感があるのか、大切なボールを諦めきれないのか、まだうろうろしている。
 そこでうろうろしていても何もならないぞ。謝って取ってもらうか、諦めて帰るか、どちらかしかないんだよ。どっちを選ぶ?こういうのも成長かもね。
見守ってあげたい。